「Senses of Cinema」 86号に作品論掲載!

2018-04-14

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オーストラリアの映画批評ウェブマガジン
「Senses of Cinema」86号の特集
「不思議の国のアリス」に、
『アリスが落ちた穴の中~Dark Märchen Show!! 』
についてAnton Bitel氏の評論が掲載されました。
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eigahihyou

Dark Märchen Show!! 』評 2018
2018年3月、アントン・ビテルAnton Bitel氏の評論がウェッブ・ジャーナル誌に寄稿されました。同氏の許可を得て日本語訳を掲載します。
(出典は末尾にあります)

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『不思議の国のアリス』(1865)と『鏡の国のアリス』(1871)の中で、少女アリスは19世紀英国の超自然的な雑多ものたちを通して、仰天するような放浪の旅を続けてゆく。これにぴったり焦点を合わせたのが日本の擬古風ロリータ・サブカルチャーだ。寺嶋真里はいわばヴィクトリア朝と繊細な少女らしい無邪気さ(イノセンス)に夢中になりながら、『アリスが落ちた穴の中』(2009)でもここに核心を置き、ロリータ愛のパフォーマンス・アーティストたちRose de Reficul et Guigglesとのコラボレーションで作り上げた。

もし読者が中島哲也の『下妻物語』(2004)を、そのけばけばしく着飾った主人公桃子(深田恭子)を知っているなら、その身なり(ルック)がわかるだろう。これはヴィクトリア朝のフリルやレース(ロココ朝にねじれたもの)から取り出して、「『不思議の国のアリス』の子供らしいファンタジーが“アダムズ・ファミリー”と真正面からぶつかったように見える世界」(注1)を想起させた。日本でロリータ・ファッションが最初に現れたのは1970年代であるが、90年代に大きく進展したのは、渋谷の街で非常に目立つ現象になったからである。“Angelic Pretty”、“Innocent World”、“BABY, THE STARS SHINE BRIGHT”などの衣料品ブティックによって人気となり、いまはマンガ、アニメ、音楽のヴィジュアル系の活動が主要題材として人気を得ている。

Rose de Reficul et Guiggles(二人の中心人物から名前が取られている)を登場させよう。一行は2002年初めに大阪で結成されて、ヴィジュアル系プロジェクトとアヴァンギャルド劇団との間におさまった。彼らはいくつかの歌も発売しているが、最もよく知られているのはヴィクトリア朝に凝って創り上げた“舞踏—イ―モウ”(注2) のライブで、ダンサー、ミュージシャン、サーカス的要素やファッション美学など、日本のロリータ・サブカルチャーによって満たされ表現されている。彼らが創造してきたのはロリータ・ファンタジーとパラレルな世界であり、そこでロリータ・ファンタジーは上演という形で可視化され、さらに深く追究され、耽溺の対象となりえている。

この世俗から隔絶した錬金術的世界は寺嶋真里の映画(またはDV)『アリスが落ちた穴の中』に実現された。寺嶋は彼らの感受性にぴったり合っており、デビュ―作の短編『初恋』(1989)からして、すべてに少女たち、人形、仮面、タロットカード、虐待の暗示などがある。寺嶋はその暗くゴシック的な題材を実験的ヴィデオ作品で上映し、国際映画祭の常連となっている。『アリスが落ちた穴の中』は副題にRose de Reficul et Guigglesのロングラン上演作(The Dark Märchen Show!!)から採っているようだが、この映画は単なるそのまま撮りの上演映画ではなく、映画言語に浸ったエクセントリックな旅となっている。

登場者たちの多くが大むかしの気取った洋服(クチュール)で着飾っているように、寺嶋映画もまた意識過剰なほど古風な映画形式をみずから身にまとっている。多くのシーンがタブロー・ヴィヴァン(活人画)の縁取り(フレーミング)をしており、珍奇な登場者たちがとるポーズは子ども向け絵本のページと取り換え可能なほどである。ラストシーンにただ一つある会話せりふを除いて、すべての文字せりふ、字幕(ときおり動く文字)は変形され修辞で飾り立てられている。古い映画スタイルの紗を使った撮影やパステル彩色、ポスト紙に手彩色したような“ぼかした”イメージもある。綿引浩太郎のオルゴール風の背景音楽は旧世界(ヨーロッパ)のメロドラマを想起させる。アニメ―ション(渡辺はるな、安藤美保、久保田真保)による隙間シーンの利用、時代遅れの切り抜き技法はヴィクトリア朝の暗黒面を見せるためであり、その中には“ロリータ”という言葉に本来のナボコフ(注3) 的連想も暗示して、子供に対する搾取と虐待のシーンも含まれる。言い換えれば、寺嶋映画は自身の映画的特質を前景化しており、際立つのは、それらがもう一つの時代――サイレント時代における“映画の”ヴィクトリア朝の始まり――から来ていることだ。

同様に、登場者たちもまた過去に張り付いている。ロウズ姫(Rose de Reficul)とギグルズ王子(Guiggles)は「知られざる王国の地下深く」に生きている、「まったくの暗黒(全体の見かけは陽の当たる庭園であるにしても)に、そこでは時計の針が午後3時で止まる」。時が彼らのために止ってしまうのだ。ギグルズは地上の出来事を見続けて、ヴィクトリア女王の戴冠式(1838)とハイドパークの大博覧会(1851、ロンドン)をロウズ姫に語るので、まるでそれらが同時に起っているかのようだ。これら物珍しき驚異をみずから見たいとばかり、ロウズ姫がギグルズの魔法の地球儀を覗き込むと、間違えてその未来がどうなったかを見てしまう――断頭の記録モンタージュ、戦争場面、恐怖の数々など。ロウズ姫はとっさに、オイディプスのごとき反応で、みずからの目を突き刺してしまう。

これらはすべてロリータ・コミュニティの反映に使われ、コミュニティの洗練されたレトロな衣装やアクセサリーは姫とその奇妙な仲間たち――人間に似たウサギ、将軍、マシュー・バーニーもどきのピエロ、そして包帯に巻かれた少女のミイラ――にも共通する。彼らが分かち合うのは最も汚れなき人間の夢で生きることだ。というのも、ロリータ・コミュニティは過去の夢想の中に離れて住みつくことを好み、みずからの他者性を抱きしめて、うさんくさいどんなモダニティも侵入させまいと拒むから。地上の実態を垣間見ただけでも、ロウズ姫のとても大事なフルフル・バブル(注4) が破裂するほどだったのに、アリス(マメ山田)がやって来たこと――まごつきながらウサギを追いかけて彼らの世界へ――はこの文字通りのアンダーグラウンド・カルチャーへの脅威であった。

アリスが最初に見られるのは後ろ姿で、ありふれた青色の衣装を着ているが、人形の顔に変わり、最後に私たちが見るのは彼女の本当の顔である。その顔は若い少女ではなく、しなびてしわくちゃだ(実際は男性が演じている)。「私はもう老婆だけど、体は子どものままなの」と、この小さな孤児アリスは説明する。「私の周りの子どもたちはみんな大人になってしまったけれど、私だけがそのままに残された」。すなわち、アリスはロリータ一族と同様に社会から取り残された不適合者なのだ。そしてアリスの阻止された成長も、同じように時間の停止を示している。だがアリスは、ロウズ姫の視覚を魔術で恢復させるやいなや、ついに自分に適した場所と人――年齢や性の曖昧さはどうであれ、あるがままの自分を受け入れ愛する心の準備ができている人――を見つけたのである。そのような受容こそ、もちろん、サブカルチャーに属するすべてが訴えるものである。

それでも、この牧歌的物語には結末がやってくる。アリスがホストたち一行を人間世界へ招待すると、彼らの繊細なファンタジーは消滅する――現実の破壊行為の前にただの子供たちの遊びとなりはてて。彼ら異色の登場者たち(キャラクターたち)と鏡の世界に結び付くこのはかなさこそ、『アリスが落ちた穴の中』であり、世紀末のメランコリーをもたらすものだ。たとえアリスが成長できず、わが人間世界の出来事に適した住み家を探せずとも、しかも夢なしで生きられないアリスが夢を手離さざるをえずとも、ひとまず、アリスは子どもっぽい玩具の小物を傍に置くのである。(訳=KI&TMi)

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1 原注 Dabrali Jimenez, “A New Generation of Lolitas Makes a Fashion Statement”, The New York Times, 26 September 2008  www.nytimes.com/2008/09/28/nyregion/thecity/28trib.html
訳注 舞踏-イーモウ/butoh-emo=イーモウは英語のemotionalから。もともとロックミュージックの激しく切ない表現を指していたが、日本では「エモい」という言葉で広がった。
3 訳注 ナボコフは「不思議の国のアリス」をロシア語へ翻訳している(1923年)。4 訳注 froufrou bubble=ロウズ姫が覗く不思議な小さい地球儀を指す。彼女が地球の未来を覗く瞬間、球が白くなり、破裂したように見える。

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Anton Bitel, Alice in the Underworld,Senses of Cinema (website journal ),
Marh 2018, Issue 86

筆者は映画評論、アングラなどサブカルチャー愛好家、オックスフォード大学古典語講師。『アリスが落ちた穴の中』の英語版タイトルはAlice in the Underworld : The Dark Märchen Show!!。

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